ファミコンadシステム シュネッツ続報?
ちょっと古い話ですが、オロチ御大の運営するファミコンのネタ!! でブリヂストンのファミコンadシステム SCHNETZ GOMCHEN R2 というファミコンソフトが紹介されました。
今回はそれに関係するかもしれない気になる情報を紹介
ブリヂストンはソフトハウスのエクサ(東京本社、社長関雅行氏、資本金六百万円)と共同で、家庭用ゲーム機を使って自家用車に合うタイヤ、ホイールを顧客自身が選べる「タイヤ&ホイール マッチングシステム」を開発した。
中略
このシステムは任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を使い、両社が開発した専用のソフトをカセットに組み込んだ。顧客は画面表示された質問に答える方式で、自動車メーカー、車名、車種の順に入力する。すると条件に合うタイヤのサイズが表示され、そのサイズの好きなブランドを決める。タイヤ選択した後にホイールを選ぶ。
1990/01/31 日経産業新聞 29面
さらに、「マッチング・データ・ファイル」を年ごとに追加、八年前までのデータを常に蓄積しておく。とある。
まず気になるのが、前述のファミコンadシステムに似てるということ。
次にエクサの関雅行社長。関雅行氏といえば言わずと知れたジャレコやヘクトのプロダクトマネージャー。
でもエクサって?聞いたことないよね
気になったのでエクサとヘクトの登記簿を取ってみたら、見事に同一の関雅行さんでした。ということで新聞記事にあるブリヂストンのファミコンソフトはあの関雅行さんが関わったとみて良いでしょう。
ではファミコンadシステムとの類似点
| タイトル | 開発年 | データ |
|---|---|---|
| ファミコンadシステム | 不明 | マッチング データ 1988 |
| タイヤ&ホイール マッチングシステム | 1990 | マッチング・データ・ファイル 8年分 |
とまあ、両者が同じか別物かすら分からなかったです。扱ってるのがチェーンとタイヤ&ホイールということで別物だとは思いますが。。
いずれにしてもどちらのソフトも全然情報がなく、国会図書館デジタルコレクションや新聞データベースで「ファミコンadシステム」「タイヤ&ホイール マッチングシステム」「マッチング・データ・ファイル」を検索しても空振り。ブリヂストンの社史でも触れておらず、SCHNETZ GOMCHEN R2をヤフオクやメルカリで見ても手がかりなし。
次は関係者に当たるしかないかな。。と思ったけど、関さんはテレ朝系で放送されていた「激レアさんを連れてきた」に出演をしていたものの、連絡先が分からず。SNSもやっていなさそうなので割と積んでます(笑
通信囲碁倶楽部 ~ 考察
前回の記事
目次
兄弟が再会??
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勘の良いゲームファンの皆さんならもうお気付きだと思いますが、通信将棋倶楽部と通信囲碁倶楽部は兄弟で、実に33年振りの再会となりました。オークションで競り負けたので実際に我が家で再会したわけではないですが(笑
そんなの通信カートリッジを見れば分かるって?コナミ?
いや、そこじゃないんです。
調査とインタビューから分かったことは、通信将棋倶楽部にもセントラルシステムズが関わっていること。詳細は後述しますが証拠となる資料がこちら。
システム開発のセントラルシステムズ(本社名古屋市、社⻑⼤沼協⼀⽒、資本⾦七億三千万円、TEL052・261・2181)は、ゲームソフト会社など⼆社と共同でファミコン通信を利⽤した将棋対局ネットワークを開設した。
引用:1990/12/19 ⽇経産業新聞 30面
この記事によるとソフト開発がコナミ、会員募集は毎日コミュニケーションズ。1991年1月20日サービス開始。通信カートリッジは14,800円(*筆者注釈 消費税記述なし。税抜?)で入会金10,000円、月会費1,500円、通信費が1局300円。
この記事は数年前に写しておいたもので、いつか役に立つと思って取ってあったものがここで陽の目を見るとは!
この件についてもセントラルシステムズの徳永氏に質問することができて、週刊将棋(日本将棋連盟発行、毎日コミュニケーションズ販売の新聞)から制作依頼があったとのこと。GO-NETの成功を見て「それなら将棋もできるのでは」となったようだ。当然通信将棋システムサーバーは1から作ることになったが、通信カートリッジはコナミが担当(これも囲碁と同じく経緯不明)。適材適所の役割分担で程なくサービス開始となった。

ということでどちらにもセントラルシステムズが関わっているので兄弟認定です。
兄弟を比較
| 通信将棋倶楽部 | 通信囲碁倶楽部 | |
|---|---|---|
| サービスイン | 1991年1月20日 | 1992年11月 |
| 価格 | 14,800円(税の記述無し) | 28,000円(税抜) |
| サービス運営 | 毎日コミュニケーションズ | アイ・システム |
|
サーバー ネットワーク |
セントラルシステムズ | セントラルシステムズ |
| ソフト開発 | コナミ | コナミ |
| 発売元 | 不明 | 不明 |
| 販売元 | 毎日コミュニケーションズ? | 不明 |
発売元と販売元の違いはこちら
3分で簡単にわかる発売元と販売元の違い!製造元や製造販売元との違いも雑学好きライターがわかりやすく解説 – Study-Z
時系列で並べてみる
| 時期 | 出来事 | 備考 |
|---|---|---|
| 1988/8 | GO-NET正式稼働 | GO-NET年表より |
| 1991/1/20 | 通信将棋倶楽部がサービスイン | |
| 1992/8 | メガドライブ向けソフト GO-NET発売 | GO-NET年表より |
| 1992/11 | 通信囲碁倶楽部 発売 |
前述した通り、GO-NETの成功を見た週刊将棋の人がセントラルシステムズに制作依頼。1988年後半〜1990年あたり?その後セントラルシステムズ徳永氏が通信将棋と通信囲碁の企画を任天堂に持って行ったと思われる。
1992年ごろアイ・システムがメガドライブ版GO-NETを制作開始?
インタビューではメガドラソフト開発後に通信囲碁倶楽部開発の打診があり、リソースに余裕がないとの理由で断念。ということだったが、時期的に合わないので打診があったのはメガドラソフト開発中だったのかもしれない。
それにしても通信囲碁倶楽部リリースまでに期間が長かったのが気になるところ。任天堂内部で何があったのか。
こうやって整理してみると見えてくるものもあるが、余計に謎が深まるので後悔もしてみたり(笑
インタビューを終えて
突然降って湧いた通信囲碁倶楽部。レトロゲーム界隈や我々日本ビデオゲーム考古学会は蜂の巣を突いたように騒然としていました。
そんな状態で慌てて連絡を取ったので関係者の皆さんもさぞ驚かれたことと思います。丁寧にご対応頂き場所まで提供してくださった松戸囲碁サロンのスタッフの皆様、笑顔で迎え入れてくださった蒲原社長、突然の指名にも快く応じてくださった徳永様、皆様ありがとうございました。
インタビューの場所として提供して頂いた碁会所はGO-NET囲碁サロンとして出発し、松戸囲碁サロンと名前を変えた今も皆が落ち着いた雰囲気の中で碁を打っていました。
蒲原社長は現在も囲碁の普及に熱心で、ヒカルの碁ブーム以降に競技人口が減ってきていることを危惧しておられました。どうにか若いうちから囲碁に興味を持ってもらおうと、親しみやすいグラフィックの囲碁ソフト・チビQを開発したり子供向けのイベントを開催したりしているとのこと。
元来囲碁は中国発祥で遣唐使が持ち帰ったとされているようですが、現在まで計算すると1400年近く?日本の独特な文化として育まれてきました。そんな日本の囲碁ですが、近年は中国や韓国が力を入れていて歯が立たなくなってきているそうです。
20世紀まで長らく囲碁最強国の座を占めてきた日本の影が薄い。今世紀に入り頂点に立った中国に大きく水をあけられている。なぜ中国は強いのか。日本は巻き返せるのか。
引用:中国、囲碁最強のわけは | 囲碁棋譜.COM | 囲碁普及・囲碁棋譜・囲碁界情報
蒲原社長は正にこの点を憂慮されていて、日本国内で競争力を高めるために競技人口減少を食い止めたいという思いがあるそうです。
さて、4回に渡って連載した通信囲碁倶楽部。いかがでしたでしょうか
結局は謎が残ってしまいましたが、発売時期や価格すら分からない状況よりは良くなったのではないかと思います。素性が分からないものに大枚を叩いてコレクションする、というのが自分の性分に合ってないこともあり、だいぶ頑張って調査しました。いつか手に入ることを楽しみにしながら
おまけ資料
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おねがい
アイシステム松戸で検索すると囲碁サロンがヒットしますが、GO-NET関連ソフトに関して問い合わせは行わないようお願いします。
蒲原社長は常駐していないのに加え、過去にメガドラソフト在庫有無の問い合わせがあったそうですが、もう残っていないとの事です。
サロン運営の妨げとならないよう、どうぞよろしくお願い致します。
通信囲碁倶楽部 ~ インタビューに成功
前回の記事

目次
前回のおさらい
GO-NETは通信囲碁対局システムで、発案と運営はアイ・システム、サーバーとネットワークはセントラルシステムズが担当。ファミコンの通信囲碁倶楽部はそのGO-NETを通してリモートで碁の対局をするソフト。
ファミコンの他にもMSX2は囲碁倶楽部、メガドライブはGO-NETというソフトが用意されており、サーバーを介して異種ハード間で対局ができる。
偶然の出会い
このファミコンソフト・通信囲碁倶楽部がGO-NETを利用しているというのは早い段階で分かったので、あとは当時の資料や関係者の証言が欲しいところ。Wikiには日本棋院が推薦とあったので日本棋院発行の雑誌に当たるのが良さそうだ。
ネットで探すと棋道や囲碁クラブが売りに出ていたので購入してみる。結果は惨敗で、広告はおろか記事も出ていなかった。新聞社のデジタルアーカイブサービスで検索してもヒットしない。これは困った
そんな時にふと、検索で囲碁サロンが出てきた事を思い出す。
松戸囲碁サロンの前身であるGO-NET囲碁サロンは、もともと通信碁の先駆者でありました。
今では当たり前になったネット対局ですが、その手段がなかった時代に通信対局のシステムを開発し各家庭にサービスの提供を始めたのがGO-NET囲碁サロン(株式会社アイ・システム)です。
引用:松戸囲碁サロン 店舗情報
蒲原社長は「前」席亭(碁会所経営者のこと)と書いてあったのだがダメもとで連絡してみたところ、週に何回か来ているとのことでインタビューの約束を取り付けることができた。さらに後日、徳永氏(当時、セントラルシステムズ営業部課長)にお話を伺う機会にも恵まれた。
インタビューでの話を総合すると
発売は1992年11月、定価28,000円(税別)。日本棋院発行・週刊碁のGO-NETニュースにて第一報があった。サービス内容として囲碁のオンライン対局・観戦、トーナメント・リーグ戦などの各種大会がある。
ファミコン版ソフトの開発はアイ・システムではなくコナミ。これについて蒲原社長は「GO-NETシステム利用に加えソフト開発の打診もあったが、ちょうどメガドライブのGO-NETを開発した直後で人員と資金に余裕がなく辞退した」とのこと。数人を新たに雇って開発にあたるとして、数ヶ月分の給料で数百〜千万は必要になるからだ。開発スタッフを多数抱えているソフトハウスでないとこういった事態は避けられない。
しかし前回も書いた通りGO-NETの運営とサポートはアイ・システムが行っているので、ソフト開発には関わらないにしろファミコンという窓口が増える=GO-NET会員増加になるのでGO-NETニュースを通して積極的に広報した。
発売までの経緯
セントラルシステムズの徳永氏が任天堂へ売り込み(ソニーやセガの時もそうだったらしい)のため京都に赴く。任天堂の担当者はネットワーク事業部部長の波多野信治氏。山内社長が大の囲碁好きだったことから話が順調に進む。以降は任天堂東京支店を通してアイ・システムに開発の打診が行くが、結果は前述の通り。
残念ながらどういった経緯でコナミが開発するに至ったかまでは分からないとのこと。こればかりは波多野氏あるいはネットワーク事業部だった人、コナミ関係者の証言を待つしかないだろう。加えて言うと発売元も販売元も不明。任天堂が最後まで絡んでいれば任天堂が順当なところだろうか。ちなみにアイ・システムは通信囲碁倶楽部の販売を行なっていないとの事。
「任天堂が最後まで絡んでいれば」という書き方をしたのには理由がある。
開発中止の謎
話が前後するが、ご存知の通り任天堂は1988年に野村證券と共同でファミリーコンピュータネットワークシステムを開発。以降は証券会社や銀行、公営競技などがオンラインサービスを提供することになる。任天堂は元々ミサワホームと組んでネットワーク構想を発表していたが断念したという経緯がある。しかし別件で野村からの提案があったのでひとまずネットワークが完成。1990年には再び通信対戦ゲームを検討し始める。*1
開発第二部の上村氏によると囲碁を含む5つのゲームを試作していたが、最終的にはユーザーが負担する通信料金がバカにならないとの判断で開発中止となってしまった。*2
そう、囲碁。開発中止である。これは通信囲碁倶楽部とは別物と考えた方が良いのだろうか。ネットワーク事業部と開発第二部で同じ題材を別々に進めていたのだろうか。
あるいは任天堂としてではなくコナミに話を譲ったのだろうか?いずれにしても通信囲碁倶楽部が発売された事は曲げようのない事実ではあるが。。
そこがはっきりしていないので発売元、販売元が断言できない状態となっている。加えてソフトにはKONAMIと印字されている点も判断を鈍らせる。元々は任天堂に話を持って行ったにも関わらず、だ。
参考記事
1. 日経産業新聞 1990/2/24 1面 「離れた相手とゲームで対戦」
2. 日経エレクトロニクス 1995/9/11号 P147 「ファミコン開発物語 第10回」
さて、このブログ特有の「謎が謎を呼ぶ」状態になってしまいました(笑
通信囲碁倶楽部についてはほぼ書き終えましたが、もう少しだけ続きます。が、長くなってしまうので次回に持ち越し
資料編



続き: 通信囲碁倶楽部 〜 考察
おねがい
アイシステム松戸で検索すると囲碁サロンがヒットしますが、GO-NET関連ソフトに関して問い合わせは行わないようお願いします。
蒲原社長は常駐していないのに加え、過去にメガドラソフト在庫有無の問い合わせがあったそうですが、もう残っていないとの事です。
サロン運営の妨げとならないよう、どうぞよろしくお願い致します。
通信囲碁倶楽部 ~ GO-NETについて解説

前回の記事
前回はファミコン通信カートリッジの新種、通信囲碁倶楽部を発見した!というところまででしたが、今回は予備知識としてGO-NETについて深く掘り下げていきます。
まあこれを言ってしまうと半分くらいネタバレになってしまうんですが、本題ではもっと驚くことを書く予定なので良しとしましょう。伏せられる情報は伏せたまま進行しますが、どちらかというと敢えてGO-NETについて解説しておかないと本題が間延びしてしまうので
メガドライブにも飛び火するのでこれはこれで楽しんで頂けると思います。
まず我々日本ビデオゲーム考古学会がGO-NETにたどり着いた過程ですが、会員のナポりたん(@naporitanPG)さんの発言がきっかけでした。曰く
メガドライブの通信囲碁ソフトといえばGO-NET。(サンサンも)
余談ですがメガドライブのGO-NETは相場が10~15万円、サンサンは3万円前後。筆者は物を値段で語るのは好みませんが、あえて数字を見ると注目度が高いことが窺えます。
我々は夜間に集まって意見交換することが多く、当然その時間は図書館が開いていないのでネット調査が主体になります。まずはWikiから
GO-NET(ご ねっと)は、ネット碁のシステム。千葉県松戸市に本社をおく株式会社アイ・システムが運営していた。日本棋院が推薦、技術協力。
引用元:Wikipedia GO-NET
ファミコンには触れていませんでしたが、これだけでも参考になるキーワードがいくつか拾えました。
・アイ・システム
・日本棋院
・ネット碁のシステム
↑これ大事で、GO-NETはシステム(≒サービス)名。便宜的にソフト名も同名になる事がある
WikiにはさらにGO-NET公式のアーカイブへリンクが貼ってありました。単刀直入に言うと、このサイトにファミコンの文字があったわけです。なので今回はGO-NETの説明に注力させて頂きたく。
GO-NET
株式会社アイ・システムの蒲原(かもはら)社長が考案した通信囲碁対局システム。「ごねっと」と読む。
蒲原社長の大学時代は学園紛争期の真っ只中。そのため長期休暇が通常よりも長く暇を持て余していた。そんな折に父親から囲碁を教わり、以来今日まで熱中することとなる。
GO-NETの前身はGO-GO-NETWORKという名称で電話回線を使ってパソコン同士を直接繋ぐ方式。遠方の仲間と碁が打てるというのが売りだった。1983年に着想して3年後には発売までこぎつける。日本棋院発行の週刊碁に広告を出して反響を待った。(日本棋院との縁はこの時に始まったようだ)
しかし当時のパソコンは超高額のため持っている人が限られ、電話代もバカにならないので(特に市外通話の場合)あまり普及には至らなかった。
それでも社長がこの事業に情熱を注いだのには訳がある
表向きは「遠方の仲間と碁が打てる」ということだが、それ以外にもオンラインで対局する利点がいくつかある。例えば相手の顔が見えないこと。対局中は電話回線を通信に使っているので声すら聞こえない。一見するとデメリットにもなりかねない(囲碁を社交ツールとして楽しんでいる人も少なくないので)が、特定のシチュエーションではこれが利点となる。有段者に師事する場合を想像してみてほしい。極端な例ではあるが小学生が大人に対局を通して教えを乞う場合。対面だと緊張して棋譜に集中できないが、通信だとその心配がない。実際、井山裕太少年(当時)はGO-NETを通じて石井邦生九段と対局。1000局をこなす中で鍛えられ中学一年生でプロ入り。以降、最高位の九段まで上り詰めている。その実力は「魔王」の異名を取るほどで、現在もトップを走り続けている。
もうひとつの利点、それは自分のレベルに合った対局相手が見つかること。アマチュアでかなりの腕を持っていると、強すぎるが故に近所の碁会所では相手が見つからないことが多々あるらしい。
要は碁会所には碁会所の、通信対局には通信対局の良いところがあるということだ。
蒲原社長にはその隠れた需要が見えていたのか、GO-GO-NETWORK発売後も並々ならぬ情熱を注ぎ続ける。とは言ったものの先立つものがなければ事業は継続できない。焦る社長の元に1本の電話が。のちのビジネスパートナーとなるセントラルシステムズの徳永氏からだ。
セントラルシステムズ(CS社)は東海銀行のシステムを管理するグループ会社で、東海銀行神田支店と同じビルに入っている。CS社は事業拡大のため新しい企画を探しているらしい。徳永氏は囲碁好きなのでGO-GO-NETWORKの噂を聞きつけて連絡をしてきたようだ。
氏曰く、「CS社のホストコンピュータを使用してGO-GO-NETWORKをネットワークシステムにしませんか」と。これまでは1対1の電話通信だったものを、今でいうオンラインサービスにしませんかという提案だ。
これをきっかけに両氏は意気投合。ソニーへ売り込みをし、見事ライセンス契約にこぎつける。GO-NETと改称して最初に世に出たのはソニー発売のMSX2用ソフト「 囲碁倶楽部」で、CS社のホストコンピュータを介して会員が集まり対局をするというものだった。時にして1988年。セガは(技術を世に出すのが)10年早いとよく言われているが、アイ・システムとセントラルシステムズも同じような事をやってのけてしまったのである。はっきり言って物凄いことなのだ。
もちろんサービス開始からしばらくは順風満帆とはいかなかったが、蒲原社長の持ち前の情熱が功を奏し協力者が続々と現れる。その快進撃を目の当たりにして囲碁業界に衝撃が走ったのは言うまでもない。その後に続々と同業他社が現れ始める。あのサンサンもそのひとつだ。
そんなアイ・システム&CS両社とセガの相性が良かったのか、今度はメガドライブ向けにGO-NETを発売。メガドラ用ソフト開発はアイ・システム、ホストコンピュータは既存のものが使える。これは徳永氏の慧眼に関心せざるを得ない。どういうことかというと、ホストコンピュータを介すシステムなのでゲストが利用するプラットフォームは何でも良いという事。何でもよくはないが(笑)、現状でMSX2とメガドライブのユーザーがいる中で、互いにハードの違いを意識する事なく対局ができるということ。最終的にファミコンもGO-NETを利用、アイ・システムはWindows版もリリース。まさにマルチプラットフォームサービスと言える。
ホストコンピュータは3台目が故障したのをきっかけに2021年8月、惜しまれつつサービスを終了した。
参考文献
・テレコミュニケーション 1990年9月号
・「無名の挑戦者たち」GO-NET誕生物語 *登場人物は全員仮名
はい、熱く語ってしまいましたがGO-NETが何なのかはご理解いただけましたでしょうか。少なくともテレビゲームファンは「メガドラユーザーとファミコンユーザーがオンライン対局してたのかもしれない」という胸熱な展開を想像してくれたと思います。
ということで、次回はファミコンの「通信囲碁倶楽部」の核心に迫ります。
乞うご期待!
おねがい
アイシステム松戸で検索すると囲碁サロンがヒットしますが、GO-NET関連ソフトに関して問い合わせは行わないようお願いします。
蒲原社長は常駐していないのに加え、過去にソフト在庫有無の問い合わせがあったそうですが、もう残っていないとの事です。
サロン運営の妨げとならないよう、どうぞよろしくお願い致します。
通信囲碁倶楽部とは・・・?
毎日仕事終わりのヤフオクパトロールを楽しみにしている筆者です。
ある日何気なくファミコン通信アダプタを見たら、見慣れないソフトがいっしょに出品されていました。通信囲碁倶楽部?これを見た瞬間に歴史的な大発見だと直感しました。レトロゲームコレクター界隈では誰も見たことがないし話題にすらなっていないやつ!

こういう時は無口になるに限ります。誰にも話さないでオークションの終了時間をじっと待つ。トップ写真からは確認し辛かったのか、案の定ウォッチリストは終了時間直前まで6人。
これは勝った!と思ったんですがそう上手くは行きませんね。ある程度の出費は覚悟していましたが、上には上が居るということ。奮闘空しくあと一歩及びませんでした。
筆者が本気を出して負けた時に取る行動、読者のみなさんはご存知ですよね?
そう、悔し紛れに調査を始めます(笑
勝ったとしても取る行動は同じですがこの歴史的大発見、謎のまま放置して良い訳がありません。今まで認知されていなかった事を考えると、情報はかなり限られたところにしか残ってないと推測されます。囲碁雑誌あたりが妥当な線かな。。
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いつも通り日本ビデオゲーム考古学会のみんなで議論をするんですが結論を先に言ってしまうと、ある程度の事実には辿り着けました。関係者のインタビューを取ることができ、予想以上の収穫でした。
ただし筆者が公私共に多忙で体力が残っておらず、続きを書くのは少し先になりそうです。またXで告知します。ご期待ください!
懸賞の応募期間が確定 ー パウパウコンピュータ、チャルメラファミコン、ファミコンキャリングBOX、メッツライダー
1年ぶりの更新となりましたが、今回はオークションで大敗した腹いせ記念です。
本ブログで数回にわたりファミコン周辺機器の非売品を扱ってきましたが、不思議なことに有名なものほど詳細がわかっていない状況でした。そんな中で今回はパウパウコンピュータ、チャルメラファミコン、ファミコンキャリングBOX、メッツライダーについて深掘りした結果の報告です。4点とも懸賞として世に出たわけですが、応募期間がいまいち確定できていませんでした。
*これらの詳細については、世に知られていなかった情報をある程度まで発掘できているので過去記事をご参照ください。
パウパウコンピュータ
https://bigafrodogg.hatenablog.com/entry/2019/10/28/041554
https://bigafrodogg.hatenablog.com/entry/2022/03/24/022911
明星特製ファミコン・キャリングBOX
https://bigafrodogg.hatenablog.com/entry/2019/11/04/181408
メッツライダー
https://bigafrodogg.hatenablog.com/entry/2019/10/07/062031
ではそれぞれの応募期間とそのソースを書いておきます。
■パウパウコンピュータ 1985/3月下旬 ~ 1985/6/15 企業と広告 1985/4月号 P43
■チャルメラファミコン 1986/1/1 ~ 1986/3/31 企業と広告 1986/2月号 P58
■ファミコンキャリングBOX 1986/9/1 ~ 1986/11/30 企業と広告 1986/9月号 P48
■メッツライダー 1989/6/7 ~ 1989/8/5 Beverrage Japan 1989/9月号 P24
前回の調査でチャルメラファミコンが1/1付の新聞に広告として掲載されていたので「もしかして」とは思っていましたが、1/1からとは書いてありませんでした。今回で開始日が明文化されている記事を発見できて良かったです。

今回紹介した懸賞品は有名すぎて入手が難しくなっていますが、こうやって知られていない情報を発掘するだけでも楽しかったりします。記事が掲載されていそうな本を推測して情報を探し当てるのもまたレトロゲームの醍醐味です。
オールナイトニッポンスーパーマリオブラザーズのプレゼントはあったのか? 後編

オールナイトニッポンスーパーマリオブラザーズ、調査報告2回目。一般認識としては3000本のプレゼント品とされていたが、その実態調査。
前回の記事ではオールナイトニッポンの放送記録が見つかり、2000本が抽選販売、ニッポン放送社屋での直販も有ったことが判った。果たしてプレゼントとして配られた事実はあるのだろうか・・・?
目次
今回の調査協力
・阿部@研究所 (@miyuki_lab)さん 中島みゆき研究所
・セーラーkozy (@sweets_kozy)さん
・日本ビデオゲーム考古学会
課題であるプレゼントの調査再開
プレゼントの事実があったかどうか。情報が見つからずじまいになっているのでなんとしても探し出したい。
在京ラジオ局のニッポン放送は、任天堂の協力で、ファミコンソフト「オールナイトニッポン・スーパーマリオブラザーズ」を開発した。
中略
一二月中旬以降、同番組の視聴者などへのプレゼント用などに使う予定。
日経流通新聞 1986年12月4日 11面
これは前回紹介したファミ通やファミマガと似たような内容で、おそらく12月4日情報解禁のプレスリリースかと思われる(12月4日放送の小泉今日子オールナイトニッポン ファミバカコーナーでANNマリオを初お披露目のため)。
上記のどの記事も販売情報は無かったが実際は売られている。ということはプレスリリースと事実が異なっているので、さらに深堀りする必要がある。
混乱は続く
週刊明星 1987/2/12号 No.7 P48
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皆さんはこの記事を覚えているだろうか。阿部@研究所さんに見せて頂いた切り抜き。掲載誌は不明だったがセーラーkozyさんがこの表紙を見つけてくださり、国会図書館で中身を確認、ヤフオクで実物を入手。雑誌は予想していなかった「週刊」明星。月刊ではなかった。
内容は前回お伝えした通り「限定3000本がたちまち売り切れ」。3000本全てを販売したと読み取れる。
ファミマガ 1990/6/22号 No.12
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あ、これが元かな。通説になってるプレゼント3000。ファミマガは当時よく読まれていたし、今でも比較的アクセスしやすいのでこれが参考にされた可能性は高い。
このコーナーではANNマリオの担当者にインタビューというかたちのマンガになっている。当事者の口からプレゼントという言葉が出た・・のか?週刊明星の記事とは整合性が取れない
販売情報からプレゼントを考察
ファミコン周辺機器専門の筆者はソフトに明るくないので、参考になりそうな本の調査協力をして頂いている。オールナイトニッポン版とはいえマリオはマリオ。マリオで探すと意外と見つかるらしいが、この発想は出せなかったので脱帽しきりだ。
ニッポン放送(ラジオ局)の深夜番組20周年を記念して、1986年に発売したソフトです。
ニンテンドードリーム Vol.105 アンビット発行 2004年1月21号 P52
スーパーマリオ25周年記念ブック
1986年にラジオ番組『オールナイトニッポン』20周年を記念して限定販売された『オールナイトニッポンスーパーマリオブラザーズ』が実在した。
スーパーマリオ百科
ニッポン放送とのコラボレーション。ラジオ番組「オールナイトニッポン」の当時のパーソナリティーが描かれたパッケージ。内容もアレンジされている。限定販売品。
2000年に入ると発売・限定販売という表現に変わっており、プレゼントの文字は無い。これはどういうことだろう。特筆すべきはスーパーマリオ25周年記念ブック発行はエンターブレイン(ファミ通系)、ニンドリ発行とスーパーマリオ百科企画・編集がアンビット(ファミマガ系)だということだ。さらに、スーパーマリオ百科は「マリオ30周年の任天堂公式ガイドブック」と銘打っている。これはもう、時代が変わりANNマリオに関しての裏が取れているということだろうか。
停滞期間を経て
ここまで情報を集めたものの、90年までは3000本の内訳にプレゼントが入っていたような含みがあるし、2004年以降はプレゼントが無かった事になっている。さてどうしたものか。
そういえば90年ファミマガ No.12に出ていたANNマリオ担当者の存在、今までに目にしたことがなかった。お名前は中島誠一さん。何か情報はあるだろうか
はい、これで調査終了(笑
動画内で中島さんが全てを語ってくれている。動画投稿は2015年。なぜこんな貴重な動画が脚光を浴びていなかったのか不思議だ。スーパーマリオブラザーズ百科に名を連ねていたkikaiさん(マリオコレクターの第一人者)のツイートを拝見してこの動画に辿り着いた。
https://t.co/Ce4qj9e367
— kikai / マリオが好きなひと (@kikaim) 2016年2月28日
「International GamerZ Interview」という動画シリーズが始まったみたいです。第一回はニッポン放送の中島誠一さん。オールナイト版スーパーマリオや攻略ビデオの制作経緯など興味深い話も
この「International GamerZ Interview」というチャンネルは中島さんのインタビューが5回に分けられており、それぞれ超貴重な証言をされている。ニッポン放送オールナイトニッポンの編成からポニーキャニオンのゲーム制作に異動し、家庭用ゲームの時代を幾つも創ってこられたお方。
ゼルダのテレホンサービス、ANNマリオ、ウルティマ、AD&D、光GENJIのローラーパニック、ロッピー、CD-iと聞いて興味が湧かない人は居ないだろう。詳しくは動画を観て頂きたい。できれば全動画を観た後に高評価、チャンネル登録をして欲しい。筆者はチャンネルの関係者ではないどころか製作者を知らないが、これはもっと世に広まるべき情報だと思っている。
個人的には夢工場'87の話題が出たついでにドキドキパニック、ソリドニア、アタックアニマル学園の話も聞きたかったところ。中島さんこそ知りたかった一連の情報を全て持っている唯一の当事者。なんとかインタビューできる機会はないものか。
調査結果
さて、動画発見に興奮して脱線してしまったが、動画の内容をかいつまむとこんな感じ。
残りのお話はぜひ動画で確認してほしい。あんなに面白い話をここで書いてしまうのは野暮というもの
オールナイトニッポンスーパーマリオブラザーズまとめ
- 3000本の限定販売
- うち2000本は1986/12/15 ~ 12/19にANN番組内で告知、20日消印有効の抽選販売。代金2,600円と送料400円の計3,000円
- 残り1000本が12/20よりニッポン放送内ミュージックセンター窓口で販売
- ファミ通、ファミマガでそれぞれ20本、計40本がプレゼントされた
さいごに
以上が調査を積み重ねてきた結果で、大量のプレゼントは無さそうという結論。ニッポン放送社屋での販売価格は依然不明なのと、プロモーション的な少数のプレゼント情報がまだ出てくるかもしれないが、筆者はここで調査終了を宣言する。
今後も自身で細かい発見をするかもしれないし、誰かが補完してくれるかもしれない。ただ、先人の偉大な研究や、当事者の証言、我々の調査が合わさって基礎は固められたと思っている。今後は更なる発展を望みつつ、この情報の発信に注力していきたい。




